倉吉市: 大江神社

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概要・歴史・観光・見所
大江神社(倉吉市)概要: 大江神社の創建は大正2年(1913)、大江磐代君の神霊を勧請したのが始まりとされます。大江磐代君は第119代光格天皇の御生母で倉吉にある大岳院の壇中の出身だったことから明治35年(1902)に磐代君が従一位が贈位された事をことで大江神社建立の機運が高まりました。大江磐代は、廷享元年(1744)倉吉領主荒尾氏の旧臣で町医者を営んでいた岩室(後に大江姓に改称)宗賢と鉄問屋の娘(おりん)との間に生まれました。幼名を「お鶴」といい、9歳の時に父親と共に京都に上り禁裏使番である生駒左門の養女となり、さらに、公家である櫛笥家の奉公人となりました。「お鶴」は奉公と同時に教養を学ばせられていたようで、人並み以上の書道や歌道の実力を身に着けました。その後「留子」の名を与えられ成子内親王の侍女になり、内親王が閑院宮典仁親王に嫁ぐと「留子」も共に閑院宮家に出仕しています。「留子」は美貌も優れていた事から典仁親王との間に3人の王子をもうけ「磐代」と呼ばれるようになり、安永8年(1779)に後桃園天皇が崩御すると、皇太子がいなかった事から「磐代」の第一子である祐宮師仁親王が後桃園天皇の養子として皇統を継ぎ光格天皇として即位しています。

大江神社:写真

大江神社
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