勝田神社(米子城:鬼門鎮護)

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概要・歴史・観光・見所
勝田神社(米子城:鬼門鎮護)概要: 勝田神社は鳥取県米子市博労町2丁目に鎮座している神社です。勝田神社の創建は不詳ですが賀茂神社、天満宮、祇園社と共に古くから鎮座してきた神社で米子、弓ヶ浜の総産土神、別称「かんださん」として崇敬されてきました。伝承によると鎌倉時代に境港や弓ヶ浜を開拓した勝田四郎が共に祭られているとも伝えられています(現在の主祭神は天之忍穂耳命)。又、別の伝承によると応仁の乱の後、弓ヶ浜周辺が賊徒により占拠され住民に悪事を繰り返した為、住民と縁のあった津和野(島根県津和野町)の勝田上総介に賊徒の討伐を依頼しました。勝田一党は賊徒を掃討しましたが、犠牲も大きく殆どの家臣は討死し、生き残った内の一人浜田五郎丸は勝田一族主従を葬ると勝田明神として祀ったのが始まりと伝えられています。

当初は弓ケ浜外江村に鎮座していましたが(旧境内地は伊勢神宮の分霊を勧請し伊勢の宮と呼ばれ、現在は白尾神社に社号を改めています。因みに勝田四郎の四郎が白尾に転じたと云われています)、その後新屋村に遷座し、さらに米子城の鬼門鎮守として元勝田町に遷座、そして天文22年(1553)に現在地に遷座しました。

米子城の鬼門鎮守として歴代城主から崇敬庇護され、町民からも篤く信仰された為、現在では元旦の初詣では市内最大の参拝客で賑わいます。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が一掃され現在の社号である「勝田神社」に改め郷社に列しました。神社山門(随神門)は入母屋、銅板葺、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚単層門、格式のある太い注連縄が掲げられています。勝田神社拝殿は鉄筋コンクリート造平屋建て、切妻、妻入、正面切妻向拝付。本殿は一間社流造、銅板葺。中門は向唐門、銅板葺き一間一戸。祭神:天忍穂耳命(正勝吾勝勝速日天忍穂耳命)。合祭神:天照大御神、素戔嗚尊。春祭り:4月14・15日。秋祭:10月14日・15日。社格:郷社。

勝田神社:写真

勝田神社境内正面に設けられた大鳥居と石燈篭
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勝田神社参道から見た随身門と石燈篭 勝田神社随身門に吊り下げられている大注連縄 勝田神社石段の鳥居越に見える拝殿 勝田神社本殿を囲んでいる中門と透塀、その前の銅製燈篭


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