大山町: 富長神社

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概要・歴史・観光・見所
富長神社(大山町)概要: 富長神社の創建は不詳ですが古くから富長神社周辺地域(阿彌陀川筋、神原堤防、稲光井手の各村)の鎮守として崇敬されてきました。境内は元弘年間(1331〜1334年)に名和氏(南朝の忠臣として知られ伯耆国を本拠とし、後に九州に下向した。)の家臣だった荒松氏によって築かれた富長城跡で、郭の形状や堀、堀切、土塁などの遺構が残っています。その後、福頼氏が在城しますが大永4年(1524)に月山富田城主尼子経久の侵攻により富長城が落城しています。富長城跡は中世平城の遺構として貴重なことから昭和57年(1982)に大山町(旧富長町)指定史跡に指定されています。現在の社殿は万治2年(1659)に古御堂集落から移築したもので、拝殿は入母屋、桟瓦葺、平入、桁行3間、正面3間向拝付、外壁は真壁造、素木板張、本殿は一間社流造、銅板葺。古くから神仏習合し龍王大明神と称していましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色が廃され、富長神社に改称し村社に列しています。境内には切妻、桟瓦葺、三間一戸の神門(随神門:神社山門)が建立され神仏習合時代の名残が見られます。祭神:伊弉諾尊、伊弉冉尊、倉稲魂尊。例祭:10月19日。

富長神社:写真

富長神社
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