若桜町: 龍徳寺

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概要・歴史・観光・見所
龍徳寺(若桜町)概要: 案内板によると「 寺伝によれば、用呂地内(現八東町用呂)龍徳寺(若桜町)千石岩の下に寺地を定め庵を結んだのが始まりと言われる。のち、当寺三世祖山宗印和尚が、高野村寺谷に境内を移し、石頭院と称した。その後、慶長7年(1602)当寺五世観宗秀音和尚が鬼ヶ城主山崎家盛の帰依により、菩提寺として現在地に移し、萬祥山龍徳寺と改称した。文久元年火災にあったが、後再建され現在に至る。」とあります。萬祥山龍徳寺の創建は享禄2年(1529)に開かれたのが始まりとされ、天正年間(1573〜91)に高野村に移り慶長6年(1601)、山崎家盛が若桜鬼ヶ城の城主になった事に伴い、慶長7年(1602)に城下だった当地に境内を移しています。その際、父親である山崎堅家の法名「龍徳院法性覚玄大居士」に因み石頭院から萬祥山龍徳寺に寺号を改め山崎家の菩提寺としました。元和3年(1617)に2代山崎家治が山崎家治が備中成羽藩(岡山県高梁市成羽町)に移封になると成羽でも山崎家の菩提寺として同名の寺院を創建しています。山門は入母屋、桟瓦葺(赤瓦)、一間一戸、四脚楼門、上層部には4面花頭窓風の開口部。境内にある五輪塔(高さ5尺5寸、元和三年五月十八日の銘)は山崎家盛の遺髪を埋めた所とされ目印として銀杏の苗を植えたと伝えられています(家盛の亡骸は当初龍徳寺の境内に葬られたと思われますが、その後、山崎家は移封を繰り返した為に京都大徳寺の塔頭瑞光院に改葬されたそうです)。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦牟尼佛。

矢部家住宅:写真

龍徳寺
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