八頭町: 矢部家住宅

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概要・歴史・観光・見所
矢部家住宅(八頭町)概要: 矢部家は元々駿河に居を構えていましたが、鎌倉時代の梶原景時矢部家住宅の変で功があり因幡国山田周辺が与えられました。その後、鬼ヶ城(若桜鬼ヶ城)を築き長きに渡この地を支配しましたが天正年間(1573〜1592年)尼子勝久の侵攻により鬼ヶ城は落城、矢部家は城を追われました。その後、子孫又は生き残った一族がこの地に帰農したのが現在の矢部家の祖で、周辺地域の重役を歴任する豪農となりました。現在の主屋は17世紀中頃から後期にかけて建てられたと推定される建物で(伝承では17世紀初期)入母屋、茅葺(東、南面の庇は桟瓦葺)、平入、桁行10.5間(21.9m)、梁間5間(10.9m)、矢部家住宅外壁は真壁造り、土壁鏝仕上げ、内部は向かって左半分が土間、右側には4列2室の合計8室の居室があり、土間側には板の間の大きな部屋が並び、残りは畳敷きの部屋となっています。矢部家住宅は江戸時代初期に建てられた豪農建築の遺構として大変貴重な存在で「流派的又は地方的特色において顕著なもの」との指定基準を満たしている事から、主屋を含む敷地全体が昭和49年(1974)に国指定重要文化財に指定されています。

矢部家住宅:写真

矢部家住宅
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