八頭町: 清徳寺

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概要・歴史・観光・見所
清徳寺(八頭町)概要: 清徳寺の創建は和銅2年(709)、行基菩薩が開いたのが始まりとされる古寺で因幡国では最も古い寺院の1つ、鎌倉時代末期には隠岐に流された後醍醐天皇が脱出し京都に戻る途中に当寺に訪れイチョウの苗を御手植えしたと伝えられています。本尊の阿弥陀如来像は百済からもたらされたもので、一時、本多善光によって信濃善光寺(長野県長野市)に預けられていましたが善光の子供である本多祐善が行脚の際、八葉蓮華を形成する山々に囲まれるこの地を霊地と悟り安置したと伝えられています。その際、信者である飛騨の匠が霊木をもって三間四方、檜皮葺、蛇腹格子天井の御堂を造営したそうです。中世は平家落人の末裔(小松殿平重盛の後裔)で婆ヶ城主小松氏の祈願所として庇護され寺運も隆盛しますが天正3年(1575)に山中鹿之助の侵攻により婆ヶ城は落城、当時の小松家当主小松勝豊も滅ばされ、天正9年(1581)には羽柴秀吉の因幡侵攻の兵火により多くの堂宇が焼失しています。

境内の苔生した墓碑群は婆ヶ城が落城した際、当寺の境内で自害した小松家一族のもので当地の歴史の一端を示しています。明治28年(1895)にも火災により焼失、多くの寺宝や仏像、記録なども失われましたが、災難の中、本尊が無事だった為、所難除災に御利益があるとされます。現在の本堂は明治28年(1895)に再建されたもので入母屋、銅板葺、妻入、桁行3間、梁間3間、正面1間軒唐破風向拝付。境内には後醍醐天皇が御手植えと伝わる大銀杏や、ヒワダザクラ、カゴノキ、モチノキ、ボダイジュなどの大木が点在し「清徳寺の巨樹名木群」として昭和31年(1956)に鳥取県指定天然記念物に指定されています。宗派:真言宗高野派。本尊:阿弥陀如来。

清徳寺:写真

清徳寺
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