三朝温泉(温泉街)・町並み

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三朝温泉(温泉街)
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【三朝温泉】三朝温泉には次のような伝説が伝えられています。長寛2年(1164)大久保左馬之祐が源氏の再興を祈願する為に三徳山三仏寺に赴いた際、大きな楠の根株に傷ついた1匹の白狼が寝込んでいました。哀れと思った左馬之祐は白狼の傷を手当し介抱すると、元気を取り戻し姿を消しました。すると、その夜、左馬之祐の霊夢に妙見大菩薩の化身が立ち、白狼を助けてくれた礼として源泉のある場所を告げたと伝えられています。伝説の真偽は不詳ですが、現在の温泉宿は江戸時代に創建した宿が散見出来る事から、江戸時代に三仏寺の参拝者が急増するに伴い温泉街として形成したと思われます。地名の由来にもなった湯治に訪れ3日目の朝には温泉の功能が顕著に現れるとして古来からの名湯で、近年は世界屈指のラジウム(ラドン)温泉である事が証明されています。現在も温泉街らしい町並みが残され、特に旅館大橋(昭和7年:1932年・本館・離れ・広間棟・西離れ)と木屋旅館(明治元年:1868年、木造2階建一部3階、桟瓦葺、入母屋、妻入)、三朝橋(昭和9年:1934年、青御影石造)は国登録有形文化財に登録されています。又、温泉街の鎮守である三朝神社の境内には三朝の名木に指定されている推定樹齢500年のムクノキや推定樹齢300年のタブノキなどの大木が生い茂り雰囲気のある景観を造り出し映画「三朝小唄」のロケ地にもなています。

【三徳山三仏寺】三徳山三仏寺は慶雲3年(706)に役行者によって開山された古寺で、嘉祥2年(849)に慈覚大師円仁が寺院として整備しています。平安時代後期に入ると山岳信仰の拠点として繁栄し、「投入堂」などの堂宇をはじめ多くの堂宇が造営されたと思われます。その後も歴代領主かから庇護され、江戸時代にも鳥取藩主池田家も寺領の寄進や本堂の造営などが行われています。現在も境内には国宝に指定されている投入堂(平安後期)や国指定重要文化財に指定されている文殊堂(室町後期)、地蔵堂(室町後期)、納経堂(平安後期)、鳥取県指定保護文化財に指定されている本堂、鐘楼、 観音堂、元結掛堂、 不動堂などの堂宇が建ち並び、境内全域は国の名勝、史跡に指定されています。

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