鳥取市鹿野町: 幸盛寺

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概要・歴史・観光・見所
幸盛寺(鳥取市鹿野町)概要: 幸盛寺の創建は宝徳年間(1449〜1451年)、証誉慧鏡が開山したのが始まりと伝えられています。当初は明照山持西寺と称していましたが文禄元年(1592)、当時の鹿野城の城主である亀井茲矩が現在地に移し寺号を現在の鹿野山幸盛寺に改称しています。亀井茲矩は尼子氏遺臣である山中幸盛娘婿だったことから、幸盛の枯骨を高梁から移し墳墓を築くと幸盛の菩提寺として庇護し毎年蔵米を奉納しました。本尊の阿弥陀如来像は運慶と堪慶が彫刻したと伝わるもので、当初は味野村(現在の鳥取市)の願行寺にありましたが茲矩の霊夢の御告げにより幸盛寺の本尊として迎え入れたと伝えられています。明治6年(1873)、本堂の一部を西志加奴学校(鹿野小学校)に提供し、明治18年(1885)に学校が移るまで校舎、校庭として利用されました。境内には日野五郎や茲矩の姉の墓、幸盛に殉じた十三勇士などが建立されています。山門は切妻、桟瓦(赤瓦)葺き、一間一戸、四脚楼門(当時は鐘楼門だったと思われます)、本堂は昭和18年(1943)の鳥取大地震で大破した後の昭和23年(1948)に再建したもので入母屋、桟瓦葺、平入、桁行6間、正面2間向拝付、外壁は真壁造り、白漆喰仕上げ。幸盛寺の大銀杏は推定樹齢400年以上、樹高34m、幹周6m、当地に幸盛寺が移った時に植えられと推定される大木で平成18年(2006)に鳥取市指定保存樹林に指定されています。宗派:浄土宗。本寺:智恩院(京都市)。本尊:阿弥陀如来。

幸盛寺:写真

幸盛寺
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