鳥取市鹿野町: 加知弥神社

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概要・歴史・観光・見所
加知弥神社(鳥取市鹿野町)概要: 加知弥神社は鳥取県鳥取市鹿野町寺内に鎮座している神社です。加知弥神社の創建は不詳ですが、宮谷又は明神ガ鼻に勧請されたのが始まりとされ延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳に式内社として記載されている古社として古くから信仰されてきました。神仏が習合して以降は勝宿大明神と称していたことから、戦に勝つに縁起を担ぎ戦国武将や歴代領主から崇敬庇護され永禄8年(1565)には武田高信、田公高清、矢田幸佐などが社殿を造営し、天正8年(1580)には吉川元春が宮吉城の攻略の際戦勝を祈願を行い社領10石の寄進と社殿の改修を行っています。天正9年(1581)に羽柴秀吉が鳥取城を攻略した際も社領を寄進したとされ、秀吉に従って鹿野城の城主になった亀井氏も崇敬しています。

江戸時代に入ると歴代鳥取藩主から庇護され元和9年(1623)に池田光政が社殿を修理し、寛永10年(1633)には池田光仲が社領39石6斗9升3合を安堵、その後は歴代池田氏が社領の安堵と社殿の修繕用の用材など寄進を行っています。古くから神仏習合し江戸時代までは勝宿大明神と称し別当寺院として宝照寺が祭祀を司っていましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され、旧社号である加知弥神社に復し、明治4年(1871)に県社に列し明治40年(1907)に神饌幣帛共進神社に指定されています。

加知弥神社の神社山門(随神門)は切妻、銅板葺、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚単層門。拝殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺、平入、桁行4間、正面1間唐破風向拝付、外壁は真壁造り板張り。本殿は大杜造、銅板葺。社宝である吉川元春の祈願状(縦:19.7cm・横:43.5cm)は天正9年(1580)、宮吉城の攻防戦に対しての戦勝祈願で寄進状(縦:31.3cm・横:46cm)は、同年の羽衣石城攻防戦で念願成就後の寄進状で当時の歴史的資料的価値が高い事から昭和32年(1957)に鳥取県指定保護文化財に指定されています。

その他にも加知弥神社は社宝として、伝:亀井茲矩(鹿野藩主)筆跡と伝松平石見守輝澄(池田輝澄:姫路藩主池田輝政の4男、山崎藩6万8千石の藩主でしたが、御家騒動により鳥取藩池田家に預けられ鹿野領1万石の堪忍領が与えられました。)筆跡、池田光仲(鳥取藩主)寄進状を所有し昭和59年(1984)に鳥取市指定文化財に指定されています。祭神:彦火火出見命、鵜萱葺不合命、玉依姫命。例祭:10月21日。

加知弥神社:写真

加知弥神社
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